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2012年12月18日 (火)

黒沢明監督が出した本多猪四郎へ手紙が見つかった!初監督デビューの報告

黒澤明監督にもこんな時代があったんだな~。もっと映画をとってもらいたか
った。

監督デビュー直前の黒沢明(1910~98年)が、
戦地にいる親友で後に映画「ゴジラ」の監督を務めた
本多猪四郎(いしろう)(1911~93年)にあてた手紙が見つかった。

23枚に及ぶ長文で、デビューへの意気込みや米国映画への対抗心
などがつづられ、2人の深い友情がしのばれる。

 本多と黒沢は名匠・山本嘉次郎監督の下で働いていた。
2人の友情を描くドキュメンタリー「イノさんのトランク」
を制作していたNHKの取材で、本多の妻・きみさん(95)
が遺品のトランクを初めて開けたところ、黒沢の手紙が出てきた。

日付は昭和17年(1942年)8月29日。
当時、中国戦線にいた本多に、監督デビューが報告されている。

 「十月に一本演出する。原作・脚色・演出――、
やりそこなっても誰にも文句の持って行きどころの無い背水の陣」
「とにかく、ぬーっと出て、僕黒沢です。と、やるだけのこった!」

32歳でようやく世に出ようという喜びと自負がのぞく。

ただ実際のデビュー作は、藤田進主演の「姿三四郎」(1943年)。

手紙で触れた企画は、何らかの理由で流れたとみられる。

 文面からは、敵国の米国映画への対抗心と敬意が入り交じる。
「或(あ)る夜の出来事」などの監督・脚本コンビ、
フランク・キャプラ、ロバート・リスキンを当面の敵として挙げ、

「この二人に白旗を上げさせてやろう」と記す。

一方で、〈1〉快適なテンポ〈2〉画面の鮮明〈3〉筋の明快
〈4〉ユーモアの適切な挿入――などを、学ぶべき点として挙げている。

だそうだ!

感動した!

黒澤明監督にもこういう時代があったということに。

晩年、なかなか映画をとらせてもらえなかった。。

バブル期であったにもかかわらず!

日本は、金の使い道を間違えた。

今の日本映画の残念さを鑑みると、もっと映画をとって
もらいたかった。。。

白旗を上げさせる…黒沢明、初監督へ決意の手紙
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121218-00000004-yom-ent

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