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2011年5月31日 (火)

生きものの記録<黒澤明監督作品>

お勧め名作映画(邦画洋画)

【生きものの記録】

日本映画 
1955年製作
黒澤明監督
出演:三船敏郎、三好栄子

その真摯な社会的メッセージ性において、
黒澤作品の頂点をなすものといえる
重要な作品です。

1955年11月に公開。

この映画の背景には、
52年3月1日、アメリカは南太平洋ビキニ環礁
で水爆実験を行った。
その死の灰は、米側当局の予想していた
危険区域外の64キロ海上で作業中だった
日本漁船第5福竜丸にも降りかかり、死者を
出した。
さらにこの実験によると思われる放射能に
加え、同年9月にはシベリアでのソビエトの
原爆実験によると思われる放射能も、
雨に含まれて日本列島に降り注ぎました。

黒澤明監督は、この状況を見て、
「将来エンマ庁に出たとき、われわらは
「生きものの記録」を作りました。
といえるような作品を作ろうじゃないかと
言い合ってはじめたことなんだよ」

と語っています。

この作品で黒澤明監督は、
「ニューズ映画的な味をだそうと思い、
前作「七人の侍」で初めて使った
望遠レンズを活用。

また、俳優がカメラを意識をしなくなり、
思わざるなまなましい表情や
姿勢が生まれること、普通の構図では
考えがつかないような面白い画面効果や
現実的な鋭さが出るという狙いで
様々な場面を3台のカメラで撮り、
編集しました。。

特に、老人役の三船敏郎は秀悦!

<物語>
ある蒸し暑い夏の日、家庭裁判所に中島喜一
の一家が集まっていた。
都内に鋳造工場を経営する喜一は、
逞しい生活力をもって60歳の今日まで
生きてきた活動的な男である。
妻とよとの間に2男2女があり、
2人の妾とその子供、もう1人若い妾と
その赤ん坊の面倒までみている。
喜一はある時から原水爆とその放射能に
対して異常なまでの恐怖を抱くように
なり、地球上で安全な土地はもはや南米しか
ないと、全財産を投げ打って近親者全員で
ブラジルに移住する計画を進めていた。
息子たちは、このままでは自分たちの生活が
破壊されると、家裁に喜一を準禁治産者とする
申請をした。
家裁参与員の歯科医原田は、
「死ぬのはやむをえん、だが殺されるのはいやだ!」
という喜一の言葉に深く考えさせられた。
第2回の調停で、裁判所は喜一を準禁治産者
と認めた。
この裁定により自分の財産が自由にならな
くなった喜一の計画は挫折してしまう。
行動を封じられ、原水爆の恐怖に手をこまねいて
いなくてはならないことは地獄の責め苦以上の
苦しみだった。
喜一は近親者全員に手をついて移住を懇願
した。
その直後、極度の神経衰弱と疲労から喜一は
倒れた。
中島家の財産を巡る暗闘が始まった。
喜一の気持ちを理解するのは、妻とよと
次女すえ、若い妾の朝子だけだった。
その夜半、意識を回復した喜一は、工場さえ
なければ皆ついてきてくれると思い込み、
工場に火を放った。
数日後、精神病院に収容された喜一を
見舞った原田は、彼が澄み切った顔で
鉄格子の病室に坐っているのを見た。
地球を脱出して安全な星にいるつもり
の喜一は、真っ赤な夕陽に向かい、
「燃えとる燃えとる!ああ、とうとう地球が
燃えてしまった!」
と叫びつづけるのだった。

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